高下岳山麓を歩く

ここは戦後に開拓された地区で、貝沢野と言われる。
自然環境が厳しく冬には2メートルを超える豪雪地帯である。
しかし、戦地から引上げてきた人達は、汗と涙の結果、イーハトーブを作った。
現在では、銀河の見える「銀河高原」と呼ばれている。
今日は天気が悪いので、高下岳登山を止めて山麓を歩くことにする。
小雨模様であるが、この程度なら写真撮影に影響はない。
傘をさしながら、ゆっくりと歩きます。
私にとって不快と思える雨も、この地に住む人達にとっては恵みの雨なのです。
草花も喜んでいる。
露地栽培のイチゴを箱詰めしていました。
何気なく挨拶をすると、「どうぞ」と呼ばれる。
取れたてのイチゴを、ご馳走になる。
「ありがとうございました」
道路沿いの野花を撮りながら奥に行くと···。
いずれがアヤメかカキツバタか···。
どうやらハナショウブらしい。
私に撮ってくれと顔を上げるもの、恥ずかしそうに顔を下げるもの、どれも美人だった。
いたる所で咲いていた。
時計を見ると午後3時になっていた。
急にお腹が空いて来ます。
「また来ればいいさ」と思い、後にする。
ここに来る楽しみが、また一つ増える。
楽しいトレッキングとなった。
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高下岳山麓を歩く への4件のフィードバック

  1. しずっち より:

    恥ずかしそうにうつむくものも、自信を持って堂々としているものも
    どちらも美しかったと存じます。
    花菖蒲、撮影難しかったと存じます。
    いちご、おいしそうですね。と、いうわたくしは果物はNGですが(^^ゞ
     
    楽しみが増えたことは、すてきなことですね。
    どうか、山旅人さんが自分らしく居られる環境がずっと永遠と続きますように・・・
     
     

  2. 山旅人 より:

    >しずっちさんへ
    ありがとうございます。
    自分らしくいられる環境を提供してくれる、この世界に感謝しています。
     
    旅立つ貴女へ一言。
     
    私はヒマラヤ登山で順応することの大切さを学びました。
    高所の厳しさは、一般の方の想像を超えます。
    しかし、ゆっくりとした深い呼吸と感覚が身体の隅々までゆきわたってくると、平地と同じ様に行動する事が出来ます。
    それまでの苦しさは、昇華された気体のように消え去ってしまいます。
    人間関係のしがらみで無理をすれば事故にあいます。
    自然のありように逆らえば遭難します。
    私が常に自分を失わずに今の生き方が出来るのは、このような経験があるからだと思います。
     
    人間社会のシステムは、本来そなわっている身体の制御システムを損なってしまいました。
    肉体的に精神的に困難な状況になる前に必ずシグナルが出ているのを気がつかないでいます。
    自分が気がつかなくても、家族と友人が気がついているはずです。

    その事に気がつけば創造の病から解放されるでしょう。
    結果として、身体の病も改善されるでしょう。

    今の私は、何事も身体全体を環境に適用させてから行動します。
    自然のありようを身体全体で感じることが出来る人は、わかると思います。
    耳を傾けてください。
    心の中からアンテナを出してください。

    必ず聞こえます。

  3. しずっち より:

    ありがとうございます。
    とても深く、まだまだ未熟者の私には完全には理解できませんが
    このお言葉を大切に保管して、辛いとき読み返してみたいと思います。
    こちらのブログは一旦閉じますがプライベートブログへご案内したいと思います。
    ただ、山旅人さんへメッセージを送ることが出来ないのです・・・
    どうしたら・・・?
     

  4. しずっち より:

    何度もすみません。メッセージを送ることができました!
    お暇なときご覧になってください!よろしくお願いします!

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