つれづれな思いー憂鬱な日々の独り言(2002/6/29 の日記から)

 

便利な社会で

 

生きることに努力することを忘れると

虚しさにとらわれてしまう

えも言われぬ不安で

生きがいを失う

 

努力しない生活は

刺激を求めようとする

刺激は快楽を求め

さ迷う人を作り出す

 

刺激は理性を弱め

麻薬や性欲に導く

 

先進国といわれる社会に住む人達は

快楽という邪気と対峙しながら生きている

 

物の豊かな社会ほど

強い理性を必要とする

 

コンクリートの壁と便利な社会システムは

目に見えない失望と不安を与え

人と自然のつながりを断ち切り

人間本来の感性を奪ってしまう

 

理性を弱め感性を忘れてしまった人間達は

邪気に溢れる都会で

狂気の世界を作り出してしまう

 

そんな人間達に

自分達の行いが

間違っていると判断できない

 

そこに住む人間たちは

周りの世界が見えないのだから

見ようとしないのだから

理解できないのである

 

人と自然のつながりを保たなければ

そして、理性と感性を整えなければ

 

やがて人は、失望と不安の深みへ落ちて全てを失ってしまう

 

 

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つれづれな思いー憂鬱な日々の独り言(2002/6/29 の日記から) への2件のフィードバック

  1. 洋子 より:

    一度都会に出てから、また生まれた時から都会で生活してきた人が
    地方で自給自足のシンプルな暮らしを実践している、という例がここ最近
    聞かれるようになりましたが、そんなふうに、手軽に身につけてきたものを
    そぎ落として自然や人との関わり合いに目覚め改めて生活の喜びを知るという
    人は少数派で、便利な暮らしを捨てられない、という人の方が多数派であるのが
    現実。その便利さが様々なものを壊し奪っているんですね。
    もともとあったものを壊して新しいものを作るのでは無く
    あるものを必要最低限でわけてもらって工夫する、出来ないことでは
    無いはずなのですが。

  2. 山旅人 より:

    私もそう思います。
    培ってきた生活の知恵を忘れて、便利さを追求しすぎていると思います。
    あるものを利用して工夫する思考が必要だと思います。
    手間をかけるゆとりが、心と身体に必要だと思います。

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