山の学校 アンソロジー 2008年編

山の学校が閉鎖になります。
今まで応援していただいた皆様に御礼申し上げます。
このブログを始めるきっかけが、山の学校の紹介でしたので残念です。
来年からは、新たな道を捜して行きます。
ブログは続けてゆきます。
これからもよろしく!
記念に?
山の学校で生まれた詩の特集を組んでみました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2008年編

 

2008/03/14

移ろいの世界

もうじき春が来ます

草木が芽吹き、若葉が樹木に広がり、森は淡いうす緑色に包まれます

 そして、やがて輝く緑になります

鳥や虫たちが森の中をうるさそうに飛び回ります

 鳥や蝉の大合唱となる夏です
深い緑に包まれた森は鬱蒼として、むせかえります

ギラギラとした光の中、私は山へ出かけます

 

 

樹木は赤や黄色に色づき鮮やかなコントラストで私を感動させます

山も里も実りの季節となり、動物も人も山の幸を求めて森の中を巡ります

(私達は採り過ぎないようにしましょう!クマさん、リスさん達が困ります)

つかの間の秋は、駆け足で過ぎてしまいます

やがて北風が吹きます

エンジ色の枯葉が足元を敷き詰め、私は乾いた音を立てながら森の中を歩き回ります

いつの間にか物思いに耽り、私は詩人になります

そして、霜が降り、森は静まりかえりモノトーンの世界を迎えます

 冬です

動物達は身体を丸くしながら眠ってしまいます

固く閉ざした世界は全ての「生」を否定しているようです

喜びも悲しみも、怒りも優しさも、ここには存在しません

容赦のない終わりの世界は、生あるもの全てに畏れを与え、この大地にひれ伏させます

私達は、ただ耐えるだけです

永遠に続くと思われるほど長い冬も、やがて、耐えて待つ生き物達に光を与えます

やわらかい日差しが、いつの間にか雪を溶かし、現れた大地の土くれにぬくもりを与えます

小さな芽が所々から顔を出し、辺りを見回しています

そうです、春がまた来るのです

暖かい日差しが再び巡ります

何度も何度も繰り返し巡ります

  そう・・・私達は移ろう世界を巡っています

2008/03/17

銀河の森をスノーシューで散歩する。

昨日の雨から一転して快晴となる。

 

スノーシュー教室に申込がなかったので一人で散歩に出かける。

大荒沢川沿いを歩いていると・・・。

自然の現象はミラクルだ!と思い、カメラのシャッターを切る。

周りの枝を見ると、すべてがミラクルに見える。

すると・・・

  

「考えずに判断してはいけない」

「考えすぎて迷ってもいけない」

「すべてが当然の事なのだ」

「私達の存在が当たり前のように、存在そのものがミラクルなのだ!」

「もっと素直にならなければ、その事が見えない」

「もっと謙虚にならなければ、その事の理由が分からない」

 

と声がした。

 

とたんに、ミラクルでもなんでもない。

「これが当たり前の現象なのだ」

と気がつく。

自分の主観だけで見てはダメだ。

すべての現象には理由がある。

「なぜなんだろう?」

と疑問に思うことが大切である。

いつの間にか、おおあらさわ橋に出ていた。

対岸に渡り、川沿いを遡行する。

散歩のつもりで5時間も歩いてしまった。

 

今日もまた、この森で大切なことを教えられた。

 

 

マント群落を見て思う

 

考えずに判断してはいけない
考えすぎて迷ってもいけない

すべてが当然の事なのだ

私たちの存在そのものがミラクルなのだ

もっと素直にならなければ
もっと謙虚にならなければ
その事が見えない
その事の理由が分からない

問うてみよ!

 と森は私を諭す

あまねくものすべてがカオスである
すべてが混沌としている

そう見えた、かつての私

すべては変化という流れの中で存在している
あまねくものすべてが流れの中に存在している

だから・・・
流れの中に身をゆだねる私がいる

そして私は言う

カオスは終わりではない

流れに身をゆだねることの出来ない者たちの

妄想である

怖れである

カオスは始まりである

 創造への始まりである

立ち止まってはいけないと・・・

 

2008/03/31

 

朝起きると腰が痛み立ち上がるのが辛かった。

トイレに行くのもままならなかった。

その時、身体の不自由な人たちと人間以外の生きものたちの姿が思い浮かんだ。


与えられた条件で一生懸命生きている彼らに比べ、

今起きている事件の悲惨なこと、なんと悲しいこと、切なくなった。

 

悲しき者たち

 

見えるものが罪だというのか
聞こえるものが罪だというのか
生まれてきたことが罪だというのか
悲しみが罪だというのか

そうならば

美しさを見ることも
美しき音を聞くことも
創造し夢を見ることも
なにも出来ないでしまう

そしてなによりも

喜びを感ずることが出来ない

ああ、悲しきものたちよ

嘆きの声が聞こえる

何も見ることが出来ない
何も聞くことが出来ない
悲しみを感ずることが出来ない

なぜなんだ
なぜこうなってしまったんだ

だれか教えてくれ

生きることの喜びを教えてくれ

 

ここに来ると、私の中の私が叫ぶ。

森の静寂が私を呼び起こす。

私の魂は言葉となって私に問いかける。

広告
カテゴリー: 山の学校 パーマリンク

山の学校 アンソロジー 2008年編 への8件のフィードバック

  1. mako より:

    (^O^)/ ~~ こんばんは♪山の学校が終えるのですね山旅人さんのイーハトーブが・・・・・・自然に触れることがどんなに大事なことか、子供は勿論のこと大人にとってもそのような大切な場所が、経営上の問題で止めざるを得ないご様子、致し方の無いことですね2007年2008年と読ませて頂きましたがどの詩も心に深くしみます四季の移り変わりの写真も自然の雄大さ、厳しさ、優しさ、細やかさ、いろんなこと見えてくる写真でしたお仕事は変わってもブログは続けるとのこと又、素晴しい写真、詩、など見せて、読まさせてくださいね

  2. 山旅人 より:

    m.macoさんへはい!これからもよろしく!

  3. 静♪ より:

    すごいキレイな写真ばかりで感心して拝見しました!雪の白きに眩しさ溢れて、感動!極寒の大地から芽吹く植物の命の強さに感動!そして、果てしない想いを果てしなく問い続ける山旅人さんのポエムに感動!本当に美しいと思います♪

  4. 山旅人 より:

    静さんへありがとうございます。

  5. t より:

    お久しぶりで~す。お元気でしたかー、僕は お元気でなかったですぅ(笑)。薬のせいなのか、よく判りませんが、なにかにつけて意欲が出ない状態が続いてます。このあいだも「家族の夢通信」の とっつぁんに 「あきちゃん、あきらめてない?どんな状況であれ、あきらめたらあかんよ」 とか 言われました。さらには、「人生のパートナー、つまり 彼女を作りな」 と言うから、「そう簡単に言うなー」とか言う会話をしてたら、少し気が晴れました。お気づきかと思いますが、最近の わたくしのブログ、アホな事ばかり書いてます。自分の記事で楽しんでくれる人がいるなら 「まっ、良っかー」 てな感じです。お蔭様で、本当にアホになってきました。 ちと、やばいです(笑)。

  6. 山旅人 より:

    あきひろさんへ元気出して下さい。と言いつつ、私も岐路に立っています。現実的・精神的に・・・。私も、ちと、やばいかも(笑)。しかし、しかしですが、いまさら考えてもどうしようもない、と開き直っています。

  7. 洋子 より:

    記事の中の写真もアルバムもとても美しいですね。特に波打つような雪の表情に惹かれました。何かが終わるのは寂しい事ですがこれからまた新しい事が始められる、と思って歩いて行きましょうよ。考えようで道は明るく開けるであろうと信じて。

  8. 山旅人 より:

    D・カーネギー「道は開ける」ですね。新しいことを夢見て歩いてゆきます。励ましありがとうございます。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中