2015年8月15日大槌・安渡

3月のお彼岸から5ヶ月ほど経つ・・・。
予想通りというか、予想を超える風景になっていた。
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この様子を見て、しばらくすると・・私の記憶にあった瓦礫の山や乗り上げた漁船の風景があいまいになっていた。
一部にその形跡が残っていたが、やがてそこもなくなってしまうのだろう。

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記憶とはいい加減なものだと思って腹を立て自分を責める。
なぜ?責めているのだろう?
わけが分からなくなる。
多くの人たちも、そうなのだろうか?
忘れることによって、新たに生むものがあるのだろうか?
生きてゆくということは、そういうことなのだろうか?

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2015年8月15日大槌・安渡 への4件のフィードバック

  1. 洋子 より:

    生まれてからずっと暮らし続けている町内で
    何年も見てきたはずの通りの景色でさえも
    更地になって新しい建物が建つと
    「あれ?ここ以前はどんな家がたっていたんだっけ?」
    なんてことが多いですね。
    脳みそは”今”を最優先しているのでしょうかね。

  2. 山旅人 より:

    記憶とはあいまいなものですね。
    記憶から記録へ残すことが大切だと思います。

  3. mako より:

    こんにちわ
    記憶とは、ほんとに曖昧なものです(特に私は(;’∀’))
    だから記録に残すのも大切ですね^^
    忘れることが出来るから生きていける
    私はそう思いますね、辛い記憶も忘れることによって
    次へ立ち向かう、進むことができるような・・・・

    • 山旅人 より:

      辛い記憶は心の中に深く沈んでいきますね。
      そして、心の表層を流れる記憶は、なぜか楽しく明るい思い出しか浮かばない。
      「忘れることが出来るから生きていける」
      まさに名言です。

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